読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

往きて迷いし物語

もるあきがトールキン教授やPJ監督に翻弄されるブログ・『この世界の片隅に』備忘録

私はなぜ

 先日、『この世界の片隅にクラウドファンディングの制作支援メンバーズ通信の最終号が届きました。なんと80号、一年半に渡って制作の様子から完成を経てイベントの詳細なども届けてくれたものです。お疲れ様でした。そしてありがとうございました。集めたお金がどう使われたかの内訳も載っていました。メンバーズミーティング(パイロットフィルムの上映会)で「集めたお金は必要経費以外全部制作にまわします」と仰ってたように、本当にきちんと使ってくださっていました。思ったよりヒットしたから通信を打ち切るタイミングがズレたりしてないかな…スタッフさん大丈夫かなと密かに不安でしたが、その費用もちゃんとここから出ていました。金額を載せていいのかわからないけれど、世間で言われているより少ない金額であのパイロットフィルムは作られていたんだなあと。お礼が充実しすぎていたんだ…。監督と監督補の持ち出し分のこととか思うとやっぱり唸ってしまう。

 少し前に座談会の記事( 「この世界の片隅に」あなたはなぜ出資したんですか?(前編)文春オンライン http://bunshun.jp/articles/-/1717 (後編) http://bunshun.jp/articles/-/1718) がきっかけで、なぜ支援したのか?という流れがでてましたけれど、(「この世界の片隅に」あなたはなぜ出資したんですか?のまとめ - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1092813)私は自分自身の状況とのタイミングも良かったからだと思っています。制作記を何年も見守っていた、原作のファンだった、監督の作品を見て信頼できると思った、そういうこともあるけれど、もしクラウドファンディングの募集の時期に映画『ホビット』の公開を控えていて、日本だけ二、三ヶ月も遅れるという状況だったとしたら、私はそのお金を渡航費用のために取っておきたくてかなりぐずぐず悩むことになっただろうなあというのが正直なところです。
 ほとんど趣味と時々美味しいものにしかお金を使いたくない人間なので、そこは惜しまないけれど、それでも、他に優先するものがなかった、趣味以外で必要なお金が少ない時期だった、そういう運の良さはありました。募集期間中忙しくてネットする暇もなくて支援できなかったと言っていた人も見かけました。私ももし体壊して入院などしていたら自分で動くことができなくて支援できなかったと思います。支援できた私はとても運が良かったと思います。

 「なぜ?」の答えはクラウドファンディングの企画が、何がなんでも出資する、全力で応援するという人だけでなくこういう運のいい人間をたくさん巻き込めるように間口を広げてくれたから、になるのでしょうか。地方在住でも支援できる仕組みはありがたいですよね。ロフトプラスワンの「ここまで調べた」イベントに行けなかったのが寂しかったですし。前に「支援しない選択肢はなかった」って書いたのだけど、それを選べる状況だったということでもあるんだよなと改めて思ったのでした。
 しかし最初にお金出した以外あまり応援していない…リアルでつながっている友人知人が少ないのでせっかく作って送ってくれたカードも余りまくっておる。

 映画に関してはすずさんが可愛すぎてけしからんとか数年後でいいからリンさんエピソード入れた完全版を…とかいろいろ思いはあります。ロングランもいいけどソフト化もなるべく早くしてほしい。思ったよりずっとヒットしてくれて嬉しいやらありがたいやらですしおかげで映画や原作に対するいろいろな感想や意見も読むことができました。ユリイカや他の雑誌も前から特集したかったけどタイミングが…みたいなところもあったのが映画化がいいきっかけになったのではないかな…。
 最終的に思うところは「内容が重いし今まで薦めにくかったけど原作読んで!『夕凪の街 桜の国』も!」なんですが、こうの先生のお名前でツイッター検索すると原作買ったっていう発言とか感想だとか読書アプリの結果表示なんかがぐっと増えているんですね(観測データがあるわけではなく個人の感想です)。この世界の片隅にだけでなくてね。今までは読んでもいちいちそれを言わなかっただろう人も改めて再読してつぶやいてたりする。現状にもうかなり満足しています。あ、でも原作の外国語版は増えてほしいかな…。ソフトの字幕についても要望を送らなきゃ…。買い逃したアクションも取り寄せないと…。

柊郷の領主ケレブリンボールの紋章をドワーフのナルヴィに作ってもらった

 先日2017年3月20日に開催されたHARUコミックシティ内トールキン作品プチオンリーにてペーパーを発行させていただきました。なんでこんなにへりくだっているのかというと原稿だけ作って主催の悠樹さんに印刷搬入配布を丸投げしたからだ。その節はたいへんお世話になりました。ペーパーを受け取ってくれた方もありがとうございます! 参加された方、あの膨大な量のペーパーを全部読めましたか? 私はまだです!

f:id:momomomo1232:20170331110118j:plain

柊郷の領主ケレブリンボールの紋章を作ってもらった

出典

トールキンによる『指輪物語』の図像世界』
ウェイン.G.ハモンド/クリスティナ.スカル 著 井ツジ朱美 訳 原書房
"THE HOBBIT CHRONICLES CLOAKS & DAGGERS" DANIEL FALCONER
Tolkien Gateway http://tolkiengateway.net/wiki/Main_Page

†紋章のグッズってかっこいいですよね! ほしい!
でも私の好きなケレブリンボールには紋章がないのです…。
「なければ作ればいいじゃない」悠樹さんは言いました。
なるほどな~!でも私に作れるのかな?紋章…参考書があるでもないし…
ありました。しかも持ってました『トールキンによる『指輪物語』の図像世界』

†エルフの家の紋章は四角□、男性個人はひしがた◇、女性は丸○。
位が高いほどモチーフの尖った部分が端っこに接してる部分が多い。
フィンウェは16個、フィンゴルフィンは8個、対称性を持っている等々。
これに従ってデザインすればいいのでは?

†しかし思わぬ伏兵が登場
ネットで調べたフィンロドの紋章が「竪琴と松明」柄
これって自由すぎるのではないですか?
人の子を愛し人の子に愛されたフィンロド様
その紋章を人間が作った可能性を

トールキン教授が残したという説もあるのです。

 

†それならケレブリンボールの紋章をドワーフが作っても問題ないのでは?
ナルゴスロンドに滞在していたからフィンロドに影響されるのも自然だし
エレギオンに移住してからは職人気質が幸してモリアのドワーフと仲がいい。
モリア西門の扉もドワーフのナルヴィと一緒に作りました!
ナルヴィが紋章を作ってくれてもいいよね…いい…!

ホビットクロニクルを参考にモチーフ探し。双頭のカラスのバックルが
クロスした腕っぽい。ケレブリンボールは「銀の拳」握り締めた手。
職人の拳には鎚が握られていたのでは…?

†というわけで、こんな紋章になりました。

いずれ持ち物に刺繍してみたいです。

  私が作った紋章はこんな感じになったんですけど、人様の作ったケレブリンボールの紋章も見てみたいです。フェアノール家っぽい紋章もかっこいいですし、他の方が鎚を握る手をモチーフにして作ったとしてもまた違う感じのものになりそうですよね。というわけでケレブリンボールに限らず、紋章を作ったら教えてくださると喜びます。

 しかし色も塗ってみないと刺繍できない~。

 イベント後にトールキンファンが集まって、ミニステージつきの会場だったので飲んだり食べたり歌ったり踊ったりしてとても楽しいひとときを過ごしました。音楽の途中で急に「お皿を割ろっか」と言い出したので店員さんがびっくりしていましたがそういう歌があるんです。カチャカチャトントン。

www.youtube.com

 

元気が出る絵with紙飛行機プロジェクト

元気が出る絵with紙飛行機プロジェクト
http://www.genkido.net/sien3.html

 かつて、こうの史代先生がアシスタントをされていた、とだ勝之先生が呼びかけたプロジェクトです。はずかしながら今日初めて知ったのでシェアさせていただきます
 後日この世界の片隅に記事まとめの方に収納するやも…(・3・)

『沈黙』記事まとめ

 上映時間3時間に怯んでまだ観られていないのですが、気になる記事が大量に貯まっているので貼っていきます。早く観られますように。
 でも正直に言ってこの前観た『未来を花束にして』と『この世界の片隅に』(5回目)がとてもいい作品だけど重たかったので次は軽いものを観たいですね…評判いいのに地元では上映回数減らされそうな『マグニフィセント・セブン』とかサミュエル・L・ジャクソンが怪演しているという噂の『ミス・ペレグリンと奇妙な子どもたち』とか…。最近観た中では『ザ・コンサルタント』の洗練されたアクションと知的でいながら優しさにあふれるストーリーとに度肝を抜かれました。

 2017年2月15日、やっと鑑賞してきました。恐ろしく陰慘なのに映画として興味深くて引き込まれてしまいました。エンドロールに入った時には座っているにも関わらず眩暈がしました…。気持ちが落ち着いたら記事を少しずつ読んでいこうと思います。


日本の俳優が伸び伸び スコセッシ映画 | SERIES|WEB GOETHE|ウェブゲーテ http://goethe.nikkei.co.jp/article/126520518.html

映画「沈黙」原作をより深化 山根・清心女子大教授が解説
http://www.sanyonews.jp/article/485710

https://twitter.com/chinmoku2017/status/820827921187147778

映画『沈黙-サイレンス-』の特別映像をアップしました。監督、キャスト、遠藤周作関係者のコメントや映画のメイキング映像が満載です。
https://t.co/wP08co0hYX

【インタビュー】Martin Scorsese (マーティン・スコセッシ) はなぜ、『沈黙-サイレンス-』を映画化しなければならなかったのか http://fashionpost.jp/portraits/91615

【徹底考察】『沈黙 ‐サイレンス‐』が問うそれぞれの信仰のかたち ─ カトリック教徒の見地から
https://oriver.style/cinema/silence-review-2/

『沈黙』のキリシタンは、結局なにを拝んでいたのか? http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50887

原作 遠藤周作×監督 マーティン・スコセッシ『沈黙~サイレンス』映画評 by 藤原敏史 http://www.france10.tv/entertainment/6037/ @@france10tvから

窪塚洋介 「ローマ法王が僕の場面で大爆笑」…舞台挨拶で思いあふれ独演30分(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170204-00000104-dal-ent #Yahooニュース

『沈黙』について 講演者:遠藤周作 再生時間:40分31秒 新潮社
http://www.shinchosha.co.jp/sp/book/112315/#b_section01

小野寺系の『沈黙ーサイレンスー』評:遠藤周作とスコセッシ監督に共通するキリスト教への問い  http://realsound.jp/movie/2017/01/post-3876.html @realsoundjpから

”スコセッシ教”の敬虔な信者、塚本晋也がアツく語った「沈黙」とマーティン・スコセッシ監督。今だから話せるアレコレ-- - シネフィル - 映画好きによる映画好きのためのWebマガジン
#沈黙−サイレンス #マーティン・スコセッシ #塚本晋也
http://cinefil.tokyo/_ct/17037472

窪塚洋介、デビュー時よりも反響大きい!ハリウッド出演作に「万年残る」 https://kaigai-drama-board.com/posts/4239 #AXNJapan

【インタビュー】まさに歴史的演技
窪塚洋介マーティン・スコセッシと『沈黙-サイレンス-』を語る http://fashionpost.jp/portraits/90149

遠藤周作に30年寄り添った弟子に聞く「沈黙」 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/012700229/?n_cid=nbpnbo_twbn

瞬きて、視覚
Mon.01.30.2017
『沈黙‐サイレンス‐』 実写化に必要なものは、熱意と技巧。
http://ocnis.petit.cc/lime/2664104


【解説 】マーティン・スコセッシはいかにして『沈黙-サイレンス-』を「宗教映画」の枷から救ったのか? https://oriver.style/cinema/silence-review-3/ @oriver_cinemaから

Topics:映画「沈黙-サイレンス-」 宣教師の苦悩自らに重ね バチカンローマ法王も関心 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20170126/dde/012/200/002000c

マーティン・スコセッシ『沈黙 –サイレンス–』来日記者会見全文掲載
http://www.outsideintokyo.jp/j/interview/martinscorsese/index.html#.WIH3i2B_aV4.twitter

モヤモヤの氷解『この世界の片隅に』

 『この世界の片隅に』記事まとめが膨大になりスマホアプリから編集しようとすると落ちるようになってからひと月以上が経とうとしています。映画の封切から二ヶ月にもなるのにまだ茨木(大阪府北部)でも上映しているというのに驚いています。日本語字幕付き上映を観に行った時は一ヶ月もつかどうか危ぶんでいたのですが。私も無事に4回目を観に行くことができましたので、映画について思うところなどぼちぼち書いていこうかと思います。ネタバレしますので、未見の方はお気を付けください。


 片渕監督のインタビューにより、映画を4度ほど観たものの演出意図がわからなかった箇所の謎がとけました。監督もスタッフもここは特段謎のつもりもなく作ったのでしょうけど、19年3月の衣替えの、映画オリジナルというか原作のいくつかの記述を拾って一連のエピソードに仕立て直したシーンです。直前には「とんとんとんからりんの隣組」がBGMの配給~天秤棒~常会のエピソードがあります。
 箪笥からモダンな洋装を取り出して「お姉さんモガだったんですねえ」(以下、台詞は絵コンテ集より)と言うすずさんへ、サンさんが娘である径子さんの若い頃の様子、嫁ぐまでを語ります。原作の漫画では作中登場人物の誰でもない、いわゆる神視点での説明……が時々ありますが、映画ではすずさんとその周辺を描くようにしてありますので、サンさんに語らせる改変自体は良いのです。径子さんの若かりし頃の洋装は物置へしまわれていまう運命にあり、このあと、実家へ戻ってきた径子さんがすずさんを「まったくいつまでも娘みたあなそがいな洋装で」、嫁いできて一ヶ月以上経つのにいつまでも未婚女性のような服装をしているのはどういうことか? といった意図で叱るシーンにも対応しています。原作同様この台詞で当時の若い女性の洋装=未婚女性の服装という共通認識があったことがわかり、映画オリジナルの出来事が原作にもあったやり取りへの伏線になってるんですね。冒頭の中島本町商店街で布地を品定めする母子、着物を仕立ててくれた祖母、嫁入りの着物をかぶるすずさん、モンペを仕立てるすずさん、劇中でもすずさんたちの着るものは少しずつ変化していきます。すみちゃんが持ってきてくれた純綿を径子さんが仕立て直し……、食料と交換される衣類、「晴美の服じゃこまいかね」を経てエンディングロールの「たんぽぽ」をバックに新しい服が仕立てられる流れを補強してもいます。
 問題はサンさんがまだ「径子はああいう子じゃけえ仕事も自分で決めて婿さんも自分で見つけて……」まで話したところだというのに、すずさんが「さあーほしたらうちも負けんように頑張って働かんと」と腕まくりして画面の外(サンさんの視界の外)へ出て行ってしまうシーンです。原作のすずさんは自分の考えに入り込んでしまって人の話を聞いてないとか、くどくどとお説教されそうになって焦って話を遮ったりはするものの、話の途中で消えてしまうことはなかったように思います。なのでこのシーンを初めて見たときは「私の知らないすずさんだな……!?」とひどく動揺したのです。すずさんが嫁ぎ先やご近所に受け入れてもらいたい気持ちからもろもろの仕事をがんばっているのは原作でもその印象が、っていうかそれこそ直前の「隣組」のエピソードから理解できるのですが、アニメのこのシーンでは必要以上にすずさんを原作より可愛らしく動かしている印象を受けて、しかも「隣組」と重ねてまで描いた意図がよくわからなかったのです。監督はすずさんのような人の上に爆弾が落ちてくることをかわいそうでたまらない、と行っていたけれど、じゃあこの演出が監督がすずさんを好きすぎるから、観客にもすずさんを愛してもらいたいから、それだけの気持ちでの変更なのかな? と考えてみても腑に落ちないんですね。多少はその色もあると思いますよ。原作のすずさんの、こうの史代先生の描く女性キャラクターに共通したある瞬間に見せる背筋が凍るような感じがアニメではかなり減らされています。でもこのシーンのすずさんが、観客の受け入れやすさのためだけに、何だかおざなりにも見えるキャラづけをされてしまったと考えると、キャラクターがお箸を手に取る所作の一つひとつまで演出したスタッフがそんな暴走をするかな、という違和感もあります。動機が萌えさせるため、自分の理想のすずさんを描きたいだけならそれはそれでもうちょっと萌えを突き詰めて描くだろ、と。うーん、ちょっと監督やスタッフの肩を持ちすぎかもしれないですが、割り切れなくていまいち引っかかるシーンだったのです。監督が映画には色々な要素や知見を仕込んでいるけれどフックを作ってはいないというようなことを言っていたので、余計に納得いかないものを感じていました。
 それがH.イワシタ先生、近藤ようこ先生のツイート、北陸中日新聞の記事で氷解しました。

H.イワシタが静かにやって来る ‏@iwa_jose · 1月13日
ぼくはあの部分の映画での改変は、たしかに分かりにくくなってるというのはあるけど、わりと肯定的。もちろん、すずは無垢な被害者ではあり得なくて、それはビラをくしゃくしゃしながら「これがうちらの戦いですけえ」と言うシーンに明らかで、あそこを「戦争VS日常」の戦いと解してる人いそうで心配

twitter.com

近藤ようこ ‏@suikyokitan · 1月13日
うん、「この世界の片隅に」は無垢な被害者じゃなくて、無知で無自覚な被害者でもあり加害者でもある庶民を描いているのだ。>RT

twitter.com


【映画】この世界の片隅に 片渕須直監督に聞く 2017年1月14日 北陸中日新聞
www.chunichi.co.jp

「僕らは戦後になって、戦争はやっぱりいけないとある種の正義で語れる。けれど当時の多くの人は、気持ちのやり場がないからこそ、「これがうちの戦いですけ」と、日常生活を続けることで日々を耐えていた。そうやっていつの間にか戦争に加担してしまっていたことに、玉音放送を聞いた直後、すずさんは恥ずかしかったんじゃないでしょうか」

 前半ですずさんが「いいお嫁さん」の振る舞いをしていたことが、「戦争に乗っかる」ことへの前フリ、伏線だったんですね。わかっていたはずなのに、見落としていました。あのシーンのすずさんは明らかに演技過剰でした。すずさんのように自分の本当の望みとは何なのか自分とは何なのかわからないまま生きている人はストレスで脱毛症になっていてもニコニコ笑いながら毎日の食事を作り続けてしまいます。愚痴を吐く相手もおらず、その発想さえなかったかもしれない。戦時中、若い男性が減っていく世の中でお嫁入りできたことは幸せなのだと誰かから思い込まされたのかもしれないですね。(※周作さんと結婚したすずさんが不幸だという意味ではないですよ。)怪我をしていろいろ失った身に「よかった」「よかった」と言われたように。そんなすずさんの浮き足立った「愛国の徒」気取りの振る舞いのきっかけが8月6日ではないかと思うとゾッとします。ろくにわからないなりに恐ろしく酷いことをされたことはわかっていた、しかし終戦となり旗を見てしまった、見てしまったら思いを寄せざるを得ない、何も知らないまま死にたかった……。
 原作にもあるそれらを映画では拡張し、または受け入れやすいように表現していたのでした。私自身も戦中の搾取と現代の搾取について知れば知るほど生きるのがしんどくなるので、なるべく早いうちにきちんと考えられる精神状態になればいいなあと思います。

 でもやっぱり声を抜きにしても映画のすずさんの萌え度は上がってる気がする。肌の色かなあ……。


追伸 1月25日発売のコミックゼノンこうの史代先生の新作「ヒジヤマさんの永訣」が掲載されます。

なぜゴクリ(ゴラム)を好きなのか考えてみました

トールキン Advent Calendar 2016』に参加しようと意気込んだものの、まとまらなくてグダグダしてしまっていた記事です。素敵な企画をありがとうございます。
http://www.adventar.org/calendars/1583/

"The Hobbit Facsimile First Edition"(ホビットの初版本の復刻版、暗闇のなぞなぞ勝負の筋が違う初期版)のネタバレがあります。


 小説『ホビットの冒険』、同じく『指輪物語』、映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作とトールキン坂を登ってきた私の一番好きなキャラクターはギムリですが、ゴクリもかなり好きです。
 ホビットを読んだ時はこれ(!)が指輪物語にまで出てくるとは思っていなくて、なかなか気持ち悪い生き物だなあ、と思っていたように記憶しています。エルフや神秘的な存在から与えられるのではなく、こういう生き物がずっと持っていた指輪を拾って我が物にするシチュエーション自体薄気味悪い心地もしていたかもしれません。その後指輪物語に出てきた時、フロドとサムの道連れとして登場した時には不穏な予感しかなく、あのただでさえ苦痛の多いフロドの旅路にあってゴクリの存在にはうんざりしましたし道案内が必要だから消えていなくなってもらっては困るしで、あの悲しい結末にはほっと安堵さえしました。小説を読んでいた当時は今よりずっとネガティブな精神状態だったもので、あそこまで指輪に囚われてしまったゴクリが救われるにはああいう形での解放以外もうどんな方法もないように思えたからです。その後、ガンダルフはゴクリをも助けようとしていた、という指摘をインターネットで拝見し、はっとしたものの、ガンダルフ特に白い方は俯瞰でものを見られる存在だからなあ…と片付け、最初の読書後の私自身のゴクリに対する感情は同情も少しはありつつ、嫌悪がまさっていたように思います。

 好きだと気づいたきっかけは三部作映画の二作目『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』のエンディングテーマ、エミリアナ・トリーニ氏が歌う『ゴラム・ソング』でした。作曲は劇中音楽を手がけたハワード・ショア氏、作詞は脚本に携わったフラン・ウォルシュ氏という隙のない布陣。共同脚本のフィリッパ・ボウエン氏いわく、フランは「曲を聞いたら自然に歌詞が浮かんできた」と言っていたと。アイスランド系のトリーニを起用したのは英語とは異なるアクセントがゴラム(ゴクリ)らしさを表現するだろうことを期待した、とはショア氏の言葉です。(『二つの塔』エクステンデッド版特典映像「音と音楽」より)そしてあの美しく物悲しい歌が映画の最後に流れることになったのです。
 『二つの塔』はレンタルかNHKBSで観たのだったかな、面白いけれどとにかく長くって、内容もどんどん暗くなっていって(救いが全くないのではなかったけれども)ああやっと終わる…と、くたびれていたところに訳詞の字幕が飛び込んできて、最初は「これは誰の気持ちを歌ったのだろう…?」と訝しみ興味をひきつけられ、ハッとゴラム(ゴクリ)の歌であることに気づき、歌詞に紡がれたゴラムの深い悲しみと渇望に触れて、胸が苦しくなるほどでした。それ以来ゴラム(ゴクリ)のことが好きです。

 第一印象や描写の表面的な部分から、自分を取って食おうとしていたゴクリに同情するのはビルボがあんまり心優しすぎると思いましたし、ガンダルフがゴクリを憐れな奴だと言うのも灰色の彼でさえ並の人間よりずっと慈悲深くて、フロドもとびきり心が広く、サムだってずいぶん寛大に見える…なんて理由をつけて自分がゴクリ(ゴラム)を好きになるのを拒んでいたのですが、あの悲しげな歌声と歌詞が切なさと深い悲しみを訴えかけ私の中の「情け」を引きずり出してしまったのです。自分はそんなに立派でないから情け深い存在にはなれない、と思い込んでいた節があるのですが、歌をきっかけに、別に立派でなくても誰かや何かを憐れむ気持ちは持っていいんだ、と。むしろ何かのきっかけでゴクリのようにこそこそとしたずるい存在になるかもしれない自分だからこそ親近感を持って愛せる道を照らしてもらったような気がします。

 それより前からアンディ・サーキスの素晴らしい演技や、まるで本当に生きて存在しているものを撮影したかのようなCG処理の巧みな演出にもだいぶやられてはいたんですが、『ゴラム・ソング』がなかったら、私は長い間ゴラムのことを内心ではかわいく思い、自分に通じるものを感じながらも嫌悪しなくてはならないモヤモヤしたおかしな状態のままだったでしょうね。フロドにしぶしぶ従ってみせながら指輪を取ることしか考えていないゴラム(ゴクリ)に愛情を抱くことにためらっていた私自身が映画と音楽によって解放され、フロドやサムを応援し好きでいながらゴラム(ゴクリ)を可哀想だと思っていいんだ…愛しいと思っていいんだ…と、物語の複数の登場人物たちを同時に様々な感情から見ることができるようになったのです。ホビット庄から出たことのなかったサムがやがて灰色港から出発する船を見届けて帰って来たかのような飛躍…とまではいかないのですが、少しだけその翼のはじっこにつかまらせてもらって前より少し高いところから見られるようになったとでも言いましょうか。
 真に面白い物語というのはすじだけを追っても面白く、細部の様々な仕掛けに気がつくとなお面白く、視点を変えて楽しむこともできる、というのをここ何年か映画を観てたびたび実感しているのですが、『ホビットの冒険』『指輪物語』もまさにそのような作品で、その映像化作品である『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズが私の目を開いてくれたのは当然の結果とは言え、幸いなことでした。

 今年は"The Hobbit Facsimile First Edition"(ホビットの初版本の復刻版、暗闇のなぞなぞ勝負の筋が違う初期版)のなぞなぞの章を読みました。負けたゴクリが贈り物として指輪をくれようとしたけれどもその前に洞窟で落としたのをビルボが拾っていたので贈り物のかわりに洞窟から出る道を教えてくれる、という話だったのですが、ゴクリがバギンズを恨んだり盗人と罵ったりしないものだからビルボがよけい悪く見えるという…ビルボの暗黒面の描写はとても好きなんですけれども、反動でゴクリが妙に公正な――独自の判断基準で動いているけれど誰かに対して恨みや怒りを抱いていないキャラになってしまっていてちょっとつまらない感じなんです。小説を初めに読んだ頃ならこちらのいいやつキャラのゴクリの方が感情移入はしやすかったと思うんです。しかしそうするとなんで指輪棄却の旅に同行するのかの動機が薄くなる上に終盤の展開が今以上に割り切れない辛いものになってしまいます…このゴクリなら道を誤らないかもしれない…。しかしこそこそした気持ち悪いゴクリの方が物語が面白くなるし、指輪の恐ろしさを最後の最後に実感できる効果もありますし、ビルボの感じた「情け」を味わえるので良いと思いました。なんだかんだ最初に触れたものを最良と思ってしまいがちではありますが。

 後に『シルマリルの物語』の読書を薦められた際に、あの世界では神々やエルフが奏でる音楽や言葉に特別な力があるという設定を教えられて、それはすごくファンタジーだな…、と思っていたのですが、何のことはない、私も歌に魅了されて中つ国への道を踏み出していたのです。映画のスタッフ陣がトールキン世界のそんなところまで再現していたとはまさか思いもよりませんでした、というオチにて、しめさせていだきます。
 読んでいただいてありがとうございました!

音声ガイド・UDcastとは

 UDcastとは
http://udcast.net/index.html

 スマートフォンタブレットを利用し、通常の放送・上映では伝えられない情報を伝えるためのサービスです。

 例えば映画『この世界の片隅に』では目の見えない・見えにくい方に音声で登場人物や風景のガイド説明をするバリアフリー上映を行っています。テレビ放送の副音声のようなものです。

 映画『この世界の片隅に』公式サイトの劇場情報のページに説明が載っています。

<『この世界の片隅にバリアフリー上映のご案内>
日本語字幕付き上映、音声ガイド上映を一部劇場にて実施致します。
※一部対応していない劇場もございます。あらかじめご了承下さいませ
【日本語字幕付き上映】
耳の不自由な方に映画を楽しんでいただけるよう、日本語字幕付きの上映を実施致します。通常通り音声も出ますので、一般の方もご鑑賞頂けます。
【音声ガイド付き上映】
UDCast方式による音声ガイド上映を実施致します。
UDCastとは、「見えない」「見えにくい」方が、いつでもどこでも日本映画が楽しめるよう、携帯機器(スマートフォンタブレット端末)とイヤホンを使って音声ガイド付きで鑑賞して頂けるシステムです。
■『UDCast』の詳しい説明はこちら(http://udcast.net/index.html
■動作確認はこちら(http://udcast.net/demo.html

 映画『この世界の片隅に』ではもっぱら音声ガイド用に使われていますが、公式サイトによると音声情報だけではなく字幕や別角度からの映像を本編映像に対応させてスマホタブレット端末に表示できるサービスなのです。
 複数の言語に対応しており、DVDやBDの特典サービスとして活用されており、コミケ会場であるビッグサイトでも使用されているということなので、映画や舞台鑑賞、ライブが好きな人間は知っておいて損はないサービスではないでしょうか。
 美術館や博物館でも使えるようになるみたいですね。英語のヒアリングはできなくても文字情報なら何とかなる人も海外イベントでこういうサービスが利用できたらいいですよね。
 字幕眼鏡も今はまだ高いですけど、近い将来に映画館で貸し出しサービスなど利用できたら嬉しいです。


 アプリを入れておけばインターネット環境がなくても災害時等に使えるということで、個人的にパニック時には音声より文字情報の方がありがたい、と試しにアプリをダウンロード、動作確認してみました。何度か試して動作確認はできたものの、災害情報のデモはありませんでした。これは本番に取っておきます。本番は来ない方がいいのですが、備えとして。


 音声ガイドも話題になっていてどんなものか気になっていたのでデモ動画を見てみました。

 スマホにイヤホンを差し込み、UDcastアプリの「動作確認」からデモ動画『絵の中のぼくの村』を選択し、音声ガイドの文字に触るとデータがダウンロードされ、音声ガイドモードの画面に切り替わり、少し待つと音楽と「本編が始まると音声ガイドが始まります」と音声が聞こえてきます。別の端末で『絵の中のぼくの村』を再生すると、動画のガイド音声が聞こえてきました。背景や登場人物の動きなどを説明しています。「教室の後ろの壁に絵が貼ってある」とか「廊下を歩いてくる」みたいな感じです。ガイド音声は台詞にかぶらないように気を配ってあるので、聞き取りやすかったです。

 ガイドを聞いてわかったことは、私は固有名詞を聞き取るのが苦手だな…ということです。他の言葉はわかるのですが、名前だけが極端に聞き取りにくいんです。なので、私がこのサービスを利用することになったら主要人物の名前を前もって調べておかないといけないですね。


 日本初のバリアフリー映画館、シネマ・チュプキさんでは、座席にイヤホンジャックがついていて、スマホタブレット端末を用意しなくても音声ガイドが聞ける仕組みがあります。
 水原さん役の小野大輔さんがガイドの声を担当している『ソング・オブ・ザ・シー』はすごく評判がいいので行ける距離ならなら観に行きたいです。障碍のない方にもたくさん来てほしい、という企画です。

CINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)
http://chupki.jpn.org

シアターの特徴
http://chupki.jpn.org/gallery

小野大輔さんのファンと共に映画館を変えたい
https://coubic.com/chupki/357286


 使ってみてわかったこと、気になったことを書いてみます。

 字幕や音声ガイドのデータは映画館でなくてもダウンロードできるみたいです。「映画・映像」の「音声ガイド」の作品一覧でタイトルを押したらダウンロードが始まったので、たぶん…。

 スマホタブレット端末を一定時間操作しないと電源が自動オフになる設定にしていると映画の途中で切れてしまうかもしれません。電源がオフにならないように設定し直しておくといいです。

 使い方のページにスマホ機内モードに設定するよう書いてありました。
 これを設定すると電源はついているが通信はできない状態になり、上映中にLINEやメールを受信してうっかり点滅する事故はなくなりますね。

 映画が始まったら音量の調整以外で操作をする必要はないので、光漏れしない暗い色か厚めのカバンなどに入れて膝に乗せて置くといいのではないでしょうか。

 UDcastにはスマホに字幕を表示するサービスもありますが、『この世界の片隅に』が対応しているのは音声ガイドだけでなので、上映中にスマホの画面が眩しくて周りの人の注目を集めるような使い方にはならないと思います。
 日本語字幕付き上映も回数増えるといいですね…( ˘ω˘)

 イヤホンは音漏れしにくくてコードの長さにも余裕のあるものがいいですね。

 『この世界の片隅に』封切り上映時は音声ガイドは全館対応だった気がしますが、上映館が増えてきたので対応していない映画館もあるみたいです。行かれる方は気をつけてください。

 美術館や博物館で展示を鑑賞途中、一時停止・再生はできるのか? 未体験なのでよくわからないです。

 アプリのインストールから動作確認までするのは少しハードルが高いかもしれないです(個人差があるかもしれない…)。自分ではできなかったけど映画館の人に設定をしてもらって音声ガイド付きで映画を鑑賞できた、という話を見かけました。
 今回自分で試しにアプリをいれてみたことで、将来の自分や家族や友人知人はたまた映画館で居合わせた人を手助けできるかもしれないです。


 このアプリ、こう色々すれば舞台のマルチアングルや日替わりアドリブネタにも対応できる、かなりすごいサービスになり得るんですよね…劇場の空気感は味わえないまでも…。

 またわかったことなどありましたら追記・訂正します。

(2017年1月19日 追記)
 一部の映画館でFMラジオとイヤホンを使用して音声ガイドを提供する取り組みをしているようです。端末機器を持っていない方に対応した素晴らしいサービスですね。