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往きて迷いし物語

もるあきがトールキン教授やPJ監督に翻弄されるブログ・『この世界の片隅に』備忘録

おすすめトールキン関連書籍

 Tolkien Writing Day(http://bagend.me/writing-day/)第三回開催おめでとうございます。二回目は残念ながら不参加でしたが、皆様の素敵な記事を読むことができて楽しかったです。素晴らしい企画をありがとうございます。


 今回はおすすめのトールキン関連書籍、『中つ国の歴史』こと『HOME』9巻(The History of Middle-Earth Sauron Defeated)の「第三紀の終わり」の「エピローグ」について書きました。英語が不得手な私が要約したものですので、少しでも興味があるならば是非ご自分の目で原文を確認されることをおすすめします。
https://www.amazon.co.jp/Sauron-Defeated-Third-History-Middle-Earth/dp/0261103059

 J・R・R・トールキン教授の執筆した草稿やメモ書きを、トールキン研究者であり息子でもあるクリストファー・トールキン教授がまとめて出版した遺稿集のうち、指輪物語を扱ったシリーズの最終部分にあたり、物語の最後でフロドを見送り袋小路屋敷に帰ってきてから十数年後のサムの話です。
 『HOME』読者には「幻のエピローグ」として知られるこの話に書かれたサムの思いや、物語を推敲・編纂するに当たってのトールキン教授の意図についての考察・感想は多くのサイトやブログの記事で読むことができます。
 私はサムのことも好きなのですが、今回は大好きなギムリレゴラスのエピソードを取り上げます。同じ本を読むのでも個人やその時の気分によって色々な読み方、楽しみ方があることを伝えられたら、と思います。


 ある3月の晩に袋小路屋敷の書斎でサムが語る旅の仲間のその後の話、そして…。子どもたちに囲まれて話をするバージョンと、愛娘エラノールと会話しながら子どもたちの質問とその答えのメモを紹介するバージョンとあります。

 中でも私が特に好きなのが、ギムリがゴンドールに来たって王となったアラゴルンのために働いた話です。『指輪物語 王の帰還 上 九・最終戦略会議』(評論社文庫版参照)で、ギムリが「アラゴルンが当然受くべきものを受ける時が来たら、わたしはかれにはなれ山の石工たちの奉仕を提供しよう」とレゴラスに言い、また別の場面でアラゴルンが、破壊された城門を見て「もしわれらの望みがことごとく滅び去ることがなければ、その時はやがてグローインの息子ギムリをかの地に送ってはなれ山の石工たちを招請しよう」と言った、そのことが実行されたのです。ドワーフは約束を違えることはないのです。ちなみにレゴラスもゴンドールには「庭が必要だ」として、イシリアンに移住しています。

 ここから先が『追補編』とは違っていて、ギムリと彼の種族(はるばるゴンドールへ南下した、はなれ山の民の一部)は長きに渡り(都市再建の)仕事に取り組み、その誇らしい仕事が終わった後にはミナス・ティリスの西の白の山脈に住んだということです。このバージョンではギムリは燦光洞を一年おきに訪れたことになっています。

 クリストファー教授が解説で示した草稿には「白の山脈のミナス・ティリスからそう遠くない地に住んだ」ともあります。しかしギムリが友であるアラゴルンの拠点であるミナス・ティリスの近くに居を構えた設定は、残念ながら没になりました。『指輪物語 追補編』ではギムリと彼の民は「サウロンの滅亡後、ギムリはエレボールのドワーフ族の一部を南に連れてきた。そしてかれは燦光洞の領主となった。かれとかれの民はゴンドールとローハンですぐれた仕事を数々行った。ミナス・ティリスのためにかれらは、魔王によって粉砕された城門の代わりに、ミスリルと鋼の門を作り上げた。」(『追補編』A-Ⅲ)と変更されています。変更された理由については言及されていないのですが、考えるに、ギムリアラゴルンだけでなく、ローハンのエオメルとの結びつきを強固なものとしたかったのでしょうか。
 なお、ギムリが土木工事や建築の面のみならずアラゴルンの仕事を助けていたことは『終わらざりし物語 下Ⅰあやめ野の凶事』に少し書いてあります。第三紀の中つ国に興味がある人は『終わらざりし物語』は下から読んでもかまわないと思います。『追補編』の次に読むのでもいいかと。上の方は第一紀と第二紀の歴史が書かれています。
 

 また「エピローグ」にはギムリレゴラスが自分たちの種族を連れてアラゴルンのいる南へ旅をし、ドワーフたちとエルフたちが共に連れ立つ様が素晴らしかったそうだ、という話もあります。サムはこの話をエオウィンを訪問したメリーから聞いているので、このように伝聞なのです。
 長くいがみ合っていた両種族が人間の統治する国へ向かって、戦うためでなくそこで働き住まうために一緒に旅をしただなんて、この上なく平和を象徴する光景だったことだろうと思います。
 中つ国から影の脅威が取り除かれドワーフとエルフが手を携えるようになるまでどれくらいの年月がかかったことでしょうか。そしてドワーフギムリとエルフのレゴラスの仲を取り持ったのがアラゴルンたちたくましくも礼儀正しい人間と、小さくて勇敢なホビットたちと思うと旅の仲間は本当に素晴らしい人選だったなあとしみじみ思います。もちろん、魔法使いのガンダルフのことも忘れてはいけませんね。

 『HOME6』に書かれていた、初期の設定ではエルフのグロールフィンデルやエレストール、ドワーフではバーリンの息子ブリン(またはフラール)が仲間になる案もあったようですが、彼らが背負うものはたいへんに重たいですね。もし彼らが旅の仲間だったとしたら、道中、ケレド=ザラムを見なくては! とフロドを誘ったり、ニムロデルの歌を歌ったりしてくれなさそうな、本人たちの意図とは無関係にその明るい振る舞いがホビットや読者を元気づけてはくれなそうなメンバーです。何ならバルログと戦ってガンダルフを危機から救ってしまいそうな印象もありますが、彼らには彼らにふさわしい役目があり、我々の知るホビットが主役の物語にはあまり詳しくは書かれなかったのです。出番がなくなってしまったドワーフもいますが、物語を完結させるために必要な過程だったのかもしれません…。

 『HOME9』に戻りましょう。
 ケレボルン殿は木々の間でエルフらしく幸せに彼の土地で暮らしているだろう、まだ彼の時は来ていないが、中つ国に倦んだらいつでも旅立つことができる、レゴラスもいつか海へ行くだろう、ギムリがいる限りは留まっているだろうが、という話もあります。
 『追補編』を読まれた皆様がご存知のように、アラゴルンが亡くなった後、レゴラスギムリを連れて西へと旅立ちます。
 私にはエルフの気持ちを理解するのはとても難しいのですが、エルフはうんと長命ですから、いつか会いに行かれると信じているならばガラドリエルと別々に暮らすのもケレボルンにとっては直ちに胸が張り裂けるほど辛いことではなかったのかな? と思いました。これを読む前に思っていたよりは辛くなさそうで安心しました。
 鷗の声に心を奪われながらも定命の友と離れがたく中つ国に留まり続けるレゴラス、大いなる脅威もなく簡単に命を落とすことのなくなった世で待つことができる、という気質はケレボルンと似ているのでしょうか。エルフ全般がこうではないにしても。
 
 『追補編』の話になりますが、レゴラスが自分と同じ名(エリン・ラスガレンすなわち緑葉の森)を新たにつけられた森から出たことは私自身もしばしば冗談半分に語ってしまいがちです。しかしこうして『HOME』を少しばかりめくってみれば、レゴラスの移住はただイシリアンのその土地を気に入っただけでなく、アラゴルンギムリへの友情があったればこそ、と考えるのは当然です。
 レゴラスの父であるエルフ王も、ケレボルンのようにエルフらしく自分の愛した土地で暮らすことに喜びを感じたのではないか、と想像を巡らせますと、父王の手に何の妨げもなく愛することのできる、やがて美しさを取り戻すであろう森が戻ったのを知ったレゴラスは安心して森を出たのではないかと。無論これは人間である私の想像でしかないのですが、レゴラスがミナス・ティリスや燦光洞に住まなかったために彼らへの友情が目減りしないように、緑葉の森に住まなかったために親や同胞への愛情が減じることもないと思います。むしろ旅を通して成長し独立するという、人間に近い適応をしたのかもしれません。
 レゴラスは『指輪物語』に出てくるエルフの中でも飛び抜けて風変わりな印象が強いのですが、少し変わった表し方をしているだけで彼なりに愛情深いキャラクターなのだと思います。それだから私はレゴラスのことが好きですし、もう少し人間に近い感情表現をしてくれるギムリのことは大好きなのです。


 かなり偏ったエピソード紹介になりましたが、没にされたり出版されるに至らなかったとは言え、『HOME』には『指輪物語』や『ホビット』、『シルマリルの物語』の原型や、物語の隙間を埋めるものがあることが伝えられたでしょうか。
 『HOME』9巻にはフロドとサムのモルドール行から「エピローグ」まで、何度も何度も修正されて出版に至った草稿から、本編とまるで違っているエピソードが多数収録されています。特にサルマンの最後が…。後半にはヌーメノールの原型となった話が載っています。「エピローグ」だけでもたくさんの面白い話(子どもたちの興味の先に、サムのエルフ語ミニ講座、アラゴルンの茶目っ気)や、しんみりするエピソード(飛陰は…、エントは…)が満載です。特にサムの話は前述の通り日本語サイト・ブログでも取り上げられていますので、是非検索して読んでみてください。また、原書を手にとって、『HOME』の楽しさを知っていただけたらと思います。
 ここまで読んでいただいてありがとうございました。