往きて迷いし物語

もるあきがトールキン教授やPJ監督に翻弄されるブログ・『この世界の片隅に』備忘録

トールキン 旅のはじまり

 映画『トールキン 旅のはじまり』を鑑賞しました。以下、ネタバレ込みの感想です。

 

 監督のトールキントールキン作品への愛情、PJ映画へのリスペクトが端々に感じられる、良い作品でした。あのシーンは! というのがあちこちにあり、まだ気が付いていない部分にも監督からトールキンファンへのほのめかしがたくさんありそうな…。

 

 創作する人なら観るべき、との紹介を見かけたのですが、もっと広く、物語が好きな人、創作が好きな人なら誰にでもおすすめの作品だと思います。

 台詞、言語の一つ一つが美しかったですし、落ち着いた色彩の画面や音楽が調和していました。

 

 ローラ・ドネリー演じるメイベルが子どもたちのために朗読するシグルズと竜の物語は、影絵がメイベルの活き活きとした台詞とあいまって劇的な効果がありましたし、ハリー・ギルビーの少年期のトールキンの暗誦の声音もまた美しい。

 リリー・コリンズのエディスが面白がって口にする「セラードア」を発展させるニコラス・ホルト、酔っ払ってエルフ語を喚くニコラス・ホルト、ミドルアースとつぶやくニコラス・ホルト…。

 ライト教授の朗々たる語りはサー・デレク・ジャコビの本領発揮でした。「フィンランド語から盗んだ」云々のやり取りを聞いて気がついたのですが、監督はフィンランド人だから、母国語がクウェンヤのモデルになってるんですよね…うらやましい。

 フランシス司祭もロマンスの憎まれ役に留まらない面を見せていて良かったです。

 

 そして何と言ってもT.C.B.S.のメンバーがたいへん魅惑的でした。普段は朗らかに振る舞うも、ここぞと言う時には厳格な父親に立ち向かっていくロバート、友愛に満ちた眼差しが素敵なジェフリー、いたずらっぽいクリストファー、言語に関しては譲ることができない頑固なトールキン。4人とも少年期と青年期を演じた役者で印象が変わらなくて驚きました。みんなとってもよかったので満足〜と言いたいところですが、ワイズマンの見せ場はもうちょっとほしかったです。ヘルへイマ!

 

 最近鑑賞した2本の伝記映画、『ボヘミアンラプソディ』と『ロケットマン』両方とも楽しく観たのですが、起きたことをただ順繰りに追っていく構成ではなく、特に『ロケットマン』はファンタジーなシーンが面白かったので、『トールキン』もやっぱりただ伝記の再現じゃない、物語のような部分を楽しめてよかったです。良い作品は他の作品の鑑賞に良い影響を与えることがあります。

 

 印象深かったのは、T.C.B.S.のメンバーと音楽の話で盛り上がりかけたエディスをトールキンが強引に連れ帰った後のシーン。鬱屈した生活に訪れた喜び―音楽を愛する同志との会話―をむりやり打ち切られたエディスの怒りが爆発していました。あなたまで私を軽んじるのか、という悲しみもあったかな。感情を顕にしたエディスはとても魅力的で、ルーシエンの気高さだけでなくエオウィンの悲壮さを思い起こします。

 謝罪からの舞台裏のシーンもロマンチックで良かったです。こっそりジャムをなめたり通行人に角砂糖を投げる2人はホビット的で可愛らしかったです。

 

 ソンムの塹壕で現実と幻想が交錯するシーンは創造者たるトールキンの負った捨てられない荷物のような感じがとてもよかったですね。従卒の名前が直球で、映画館の暗がりで微笑んでしまいました。

 でもやっぱり少し物語と被せすぎかなあと言うモヤモヤもあり、終盤のジェフリーの母親との会話がよすぎたので帳消しになってしまった感じもあり…。構成がうまいんだろうなと思いました。知らんけど。

 

 最後の最後までファンを喜ばせるぞという監督の気持ちが伝わってくる、良い映画でした。