往きて迷いし物語

もるあきがトールキン教授やPJ監督に翻弄されるブログ・『この世界の片隅に』備忘録

映画が知らない街に連れて行ってくれるという話

 かつて『ホビット 竜に奪われた王国』の先行上映(※日本だけが公開時期が異様に極端に世界中ただ一国遅かった)を観に台湾へ行った私ですが、友人はまだ公開規模の小さかった時期の『この世界の片隅に』を愛媛から広島までフェリーに乗って観に行ってくれました。

 子供の頃、小さな映画館で「まんがまつり」を観て、その劇場でかからない映画は梅田に連れて行ってもらって観ていました。やがて大型スーパーが進出して来るとシネコンというものが我が市内にも隣の市にもできて、たいていの作品はその範囲で観に行けるようになりました。(実写『ピンポン』はテアトル梅田に観に行きました)

 

 およそ12年前に松本大洋先生原作の『鉄コン筋クリート』の映画が公開されましたが、地元では上映されないそれを私は観に行けるかどうか自信がありませんでした。冬は特に寒さと気温差に体力が削られ精神も低調になり時期的に遠くへ出かけるのが難しいことがあるのです。(※梅雨にも夏の暑さにも負ける)

 大好きな原作、クロの声はやはり大好きな嵐メンバーの二宮和也さん…しかし…好きだからこそ不安になった、そういう部分もありました。マクドのポテトのイクラがけのように、好きなもの同士を掛け合わせたからと言っておいしくいただけるとは限りません。ポテトはしょっぱくなりすぎるしイクラは煮えてしまう。もし自分の好きな作品がそうなってしまったらどうしよう? ぐずぐずしているうちに上映映画館は減っていきます。

 そうこうしているうちに確か年末、公開後の深夜にテレビ特集がありました。記憶がだいぶ怪しいですが、そこで流れた本編映像に参ってしまって…目が眩むような青い空とゴチャゴチャに描き込まれた色とりどりの町並み、カメラワーク、アクション…。夢中でキャプチャ(※スクリーンショット)しまくりました。

 これは必ず観に行かなくてはいけない、と休日と行ける映画館を調べたところ、スケジュールが合うのは梅田でさえなく、どこか知らない大阪の街の行ったことのない映画館でした。これ以前から時折一人で嵐やV6のコンサートや舞台には行っていたのですが、初めて行く会場では誰かと一緒に入るか席は離れていても終演後に同じ公演を見た人たちと食事やお茶をするのが常でしたので、初めて行く場所で最初から最後まで一人きりというのは外出のためのモチベーションを維持できるかどうか不安でした。ましてやコンサートのようにどうしてもこの日この時間に行かなくてはならないと決まっているわけでもなく…。

 キャプチャ画像を見ながら自分を叱咤激励し、電車の乗り方を調べました。ずいぶん遠い映画館で、上映時間もネットがなければ調べるのは無理だったかもしれません。そんな劇的な展開にも関わらず駅名も映画館がどんなだったかも覚えていませんが、ようやくたどりついた映画館で『鉄コン筋クリート』を鑑賞できた私は深い感動にむせび泣きました。期待していたクロだけでなくシロ役の蒼井優さんや他のキャラクターの演技も作画も構成も何もかも素晴らしかったです。その後アニメーション映画のDVDを初めて購入するほど好きになりました。

 それにしてもどこの映画館に行ったんだろう。今でもその映画館はあるのだろうか…。

 

 こうして私は映画によって見知らぬ街を訪れたのですが、この時は映画と、無事に行って帰れるかで頭がいっぱいで、せっかく訪れた知らない街を探索したり、何か地元のおいしいものを食べたり…という余裕はいっさいなく、帰りの電車でお腹を減らしてぐったりしていました。

 そんな些かしょっぱい思い出ではありますが、その後かなり期間をあけて前述の通り台湾に行ったりアンコール上映のためにあちこちの映画館に行く礎を作ってくれたのが『鉄コン筋クリート』でした。当時の私はコンサートのための遠征はしていたのに、映画のために一人で遠出するなんて考えたこともなかったのです。そのことを私は今日までずっと忘れていました。それにしても、原作をすごく好きとは言え、クロの声をニノがあてていなかったら観に行ったかはわからないですね。ニノ、ありがとう。

 

 そして、映画『鉄コン筋クリート』からおよそ10年、原作は大好きだし主人公の声をあてる人も好きだけど、はたして大丈夫かな…とドキドキしながらも観に行ったのが、こうの史代先生原作、のんさん主演の『この世界の片隅に』。この素晴らしい作品の監督補を務められた浦谷千恵さんはかつて『鉄コン筋クリート』で作画監督の重責を担っていたのでした。

 

かば吉さんの嵐・二宮さんの思い出ツイート

 ツリーで続きます。

 

 漫画もアニメもアイドルも映画もすべて私の人生を支え、手を引いてくれたものです。それらに関わるすべての人たちに幸いが訪れますようお祈り申し上げます。

 

 2019年1月30日